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「聖霊即ち実験に据えねばならぬ」がリベラルの始まり?

キカラスウリの花

写真…キカラスウリの花 (キカラウリは間違いでした)
240×320サイズ

ここでいうリベラルは、日本のキリスト教のリベラル派を指します。
自由主義神学の事を教会で教わった事がありますが、内容は
忘れてしまいました。ごめんなさい。とりあえず概要なるものを、
Wikiで調べてみたら、あれ?と感じるものがありました。

それは、小崎弘道氏という牧師(同志社社長?)の言葉でした。
(Wikiでは社長と書かれているのですが、同志社は会社ではなくて
学校なので、学長か校長の方が個人的にはしっくりします。)


Wikiより引用。
それは、日本組合基督教会の小崎弘道は、1889年に同志社で
行われたYMCAの夏季学校において、「聖書のインスピレーション」と
題する講演で高等批評を擁護し、聖書信仰を否定した。ここから
日本のリベラルが始まると言われる。小崎は「余はこの講義において、
霊的倫理的インスピレーション説なるものを主張し、聖書に誤謬が
有るとか無いとかいうが如き窮屈な見解を放擲し、之に向かっては
自由研究をなさねばならぬ。又吾人は信仰の基礎を聖書に置くことを
せず、聖霊即ち実験に据えねばならぬことを述べた。」


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痴漢とは違いますが

モンシロチョウの写真

写真…モンシロチョウ
240×320サイズ

数年前の話になります。どう捉えたらいいのか分からず、記して
いいのか迷っていました。今となって整理出来たので記します。

乗車リハビリを兼ねての乗車でした。地下鉄か電車かどっちかは
忘れましたが、座席にいた男性の様子がおかしいと気づきました。
具合でも悪いのかと思いましたが、そうではないと知りました。

すぐ近くにいた女性も気づいたようで、視線を合わせないように
しながら、娘さんらしき女の子とそっと離れた所へ移りました。
近くにも、友だち同士であろう女の子たちが和気藹々語り合っていて
危ないと感じて、何とか目配せで合図しました。知り合いでもなく
顔見知りでもないし、こんな事をしても怪しまれるだけだと思って、
メモ帳を取り出して伝える事を書いていたら、彼女達が気づいたのか
いったん私の近くに来て男性の姿をチラッと見た後、移動しました。

そんな中で、びっくりしたのが、座席にいた男性の態度と表情の
変化でした。個人的には、もし何かあったら通報する事も考えて
ずっと観察したのですが、その人の表情には、悪びれていないとは
異なって「強い欲求」と「必死な制御」が交互に出て来たのでした。
具体的には「周りの事は眼中になく凝視する」と「これは悪い事だと
目を伏せてうつむく」を繰り返していたのでした。女の子達が移動
していなくなった後、素面に戻ったような表情になっていました。

その車両には、周りには男性の乗客が複数いたものの全く気づいて
いない様子でした。最初は心細かったです。痴漢とはまた違う。
でも、事前に察知して防ぐ事も出来る時は出来ると実感しました。
無駄に大騒ぎせず、当人の心境を露骨に刺激せずそっと遠ざかる…。
それも重要ではないか…と感じている所です。

避難したくない時

身を守るもののイラスト 身を守るものの修正イラスト

イラスト…「身を守るもの」のイメージ
240×320サイズ…イラスト 修正イラスト
修正イラスト=ヘルメットの色を黄色にして顎紐(あごひも)を描き入れました。(7月9日)

救命胴衣について(7月8日)の追記です。

そんな大げさな…そこまでしなくても…という感覚になりがち。
私もその一人なので、教訓として、イメージイラストを入れました。
報道記事における大雨時の注意とレスキュー隊の服装を参考にして、
お借りしたイラストに身を守るものをさらに加えてみました。

自衛隊・消防隊・レスキュー隊・救急隊・警察・海外機関などの
方々に守って頂きながら、私たち一般人は、比較的に安全な場所で
生活しています。どうしても…緊迫感がなくて自分は大丈夫。
こっちには来ない。という風に思い込みたくなります。いわゆる
「正常バイアス」から来るものがあるんですね。

地震に関しては、子供の時からずっと「いつかは大地震が…」と
意識していても、ふっと忘れてしまう。大雨だとますます鈍感に
なってしまいます。毎年毎年大雨ならば、しっかり備えますが、
数十年に一回となると、何故か腰が重くて、なかなか体が動かない。
日本人は一般的に(中にはそうではない方々もおられますが)、
頻繁に移動して他人と過ごす習慣がない。きれい好き。他人との
バリアを作っている。そういった精神的なものから来る負担で
動かない。切羽詰まって仕方がなく避難しようとする。

かくいう私も、「移動」が大の苦手。きちっと境界線が入った
空間を確保して住むなら我慢できますが、境界線がない場への
耐性があるかどうか…火事場の馬鹿力がない限り自信がないです。

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救命胴衣について

救命胴衣のイラスト

イラスト…救命胴衣(お借りしたイラストです)
240×320サイズ

大切なことを忘れていました。頭部を保護するための
「ヘルメット」を追記いたしました。イラストではヘルメットが
ないけれども、ヘルメットも被るつもりで…。

地元の近くの川(今はすっかり小川と化している)が、昔はよく
氾濫していて、川沿いの所では、いつでも避難できるようにと
「船」を所持していたそうです。昔の事を人づてに聞いた話なので、
船の種類、大きさ、金額、定員数、所有者、保管場所に関しては、
残念ながら分かりませんでした。

でも、その話を聞いて感じました。昔の人々も多くの犠牲を
目の当たりにし、知恵を出し合い、上記の方法を取ったと思います。

今の時代の視点で見るとしたら、自衛隊やレスキュー隊などに
よる「公助」だけでは、生命の危険があったり、地理的にも
天候的にも救助が困難になっている場合を前提にするとします。
その方々も使命感があるにせよ、生身の人間であります。
そこで、誰でも出来る自助&共助とはどんな方法があるのか。

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「赦し」と「ゆるし」

葡萄ジュースとパンの写真

写真…葡萄ジュースとパン
240×320サイズ

「ゆるす」の漢字を調べてみた(6月30日)で記した「ゆるし」の漢字が
なぜ「赦し」ではないかというと、私の場合は、復讐してやりたい。
ゆるしてやるものか。という強い恨みの感情がありました。
言い換えるなら「神さま。どうしても赦したくありません」ではなく
怒り(恨み)で「徹底的にこらしめてやる!」という類だったからです。

忘れてならないのが、相手の行為自体は肯定してはいけない事です。
寛容が必要か赦すべきかどうか悩む余地がないという意味合いです。
神がはっきりと「厳しい裁きを受ける。免れる事は出来ない。」と
仰せになっています。その一方「一人の人間として大切にせよ。」
と教わっています。裁きは神の領域であり、神に委ねる事…。
悪に対して悪を持って報いてはいけない事でありました。
厳しい裁きが具体的にどんなものなのかは私には分かりません。

そういう意味で、私の「ゆるしたくない」に該当する漢字が
見当たらなかったので、ひらがなの「ゆるし」という表現が
適しているのではないか…旨を記しました。

私自身、ノンクリスチャン時代に、教会ではじめて「赦し」という
言葉を教わった時は、とても美しい言葉だなあと感動しました。
最初は言葉の響きの美しさに魅入られただけとはいえ、それでも、
すごく重みのある言葉として心に響いて来ました。「赦」の漢字が
好きになって、今に至っています。なんていうか…正直言って、
「赦し」の言葉がとても似合うのはイエス様だなあって…。

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