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とても危険な行為だと思いました


かち上げ (相撲)
主に前腕をカギの手に曲げ、胸に構えた体勢から相手の胸に
めがけてぶちかましを行うなどの形を取るかち上げ(かちあげ、
搗ち上げ)とは、相撲の取組などにおいて用いられる技術であり、
主に前腕をカギの手に曲げ、胸に構えた体勢から相手の胸にめがけて
ぶちかましを行うなどの形を取る[1]。(ウィキペディア(Wikipedia)より引用)


ある元力士さんの解説を読んでいて、あれ?と思ったのが
「かち上げ」という捉え方でありました。どうしてかというと、
素人でも調べれば、上記のような分かりやすい説明がされて
いるにも関わらず、内容が食い違っていたためです。

動画を繰り返して見ても、問題視されている「かち上げ行為」は
「胸を狙ったかち上げ」ではありませんでした。立ち合い直後に、
片方の手で、相手の目のまわりを攻めて、相手が目をつぶった時に
すかさずに、サポーターが巻かれた側の前腕のすね(※)で、
顔面を強打しているのは周知の事です。

※最初見た時は、肘の角で肘打ちをしているように見えましたが、
エルボーの画像を見ると、どこかが違う…。何だろう…?と思って、
もう一度注意して見ると、肘の角ではなく、前腕のすねでした。
太い骨が出っ張っている部分を相手に向けて、立ち合い直後の勢いに
体重をかけた衝撃を加えて、テニスのラケットでボールを打つように
腕を振って、顔面を強打していました。

(横から見た動画よりも上から撮影した動画の方が分かりやすいです。)

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サイバー攻撃の影響? 画像が表示されず

空の写真

写真…表示されるかどうかテストとして記載したものです。
240×320サイズ

本ブログ12月6日記事の写真が、携帯では表示されません。
(パソコン環境ではちゃんと全て表示されています。)
写真を新しく差し替えても駄目でした。ただ奇妙なのが
12月1日までの分はちゃんと表示されている事でした。

考えてみると、心当たりがあって調べてみました。
今年の5月12日に「世界的な大規模のサイバー攻撃」がありました。

4日後の16日に、いろいろ手記「雨の日のスズメ」
投稿したのですが、携帯だと写真が表示されませんでした。
何度も何度も差し替えても同じでした。現在でも表示されて
いません。文章はちゃんと出ています。画像形式は思ったほか
頼りにならないというか…「テキストの強み」を再認識しました。

携帯をお使いになっていない方にとっては、大した事では
ないのかも知れませんが、今でも携帯をお使いになっている
方々がいらっしゃる事と、それとは別に、サイバー攻撃も
無視できない事なので、この記事を書きました。

横綱について感じた事

雀の写真

写真…日向ぼっこするふくら雀たち
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ここでは、もし、横綱の立場だったら…? 心境を考えてみました。
横綱でない人には分からないのだ! もあるのもか知れませんが、
運動能力や肉体や力の差があるだけで、やっている事が違うだけで
人間としては等身大の共通したテーマがあると思うのでした。

小学生の時、ある力士が、取り組みを終えた後、ふらふらしながら、
土俵を降りるのを見て、子ども心に「相撲はものすごく疲れるのか」
とびっくりしたのでした。しかも、インタビューに答える時も、
大量の汗をかいて、肩を大きく上下させながら話していました。
それが、"ガチンコ相撲"と呼ばれる相撲スタイルでありました。

それほど、相撲は消耗がとても激しいと知りました。もし、全取組に
おいて、全力で真剣勝負でやり続けていたら、どうなったか。真剣に
なればなるほど、怪我しやすくなるし、肉体的なダメージも大きく
なってしまうんですよね。命にも関わったりします。馬力があって
巨大な体がバーンとぶつかって来るのを想像するだけでも怖いです。

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人によって適したやり方が違う事…

クロガネモチの写真

写真…クロガネモチの実
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「未だ木鶏足りえず」について思った事(11月29日)の追記です。

個人的に気になっていた事があって記します。写真は正直で、
動画よりも分かりやすいのかも知れません。なんていうか…
表情には出さないけれども、眼差しとか人相とか目の焦点等が
心の中にあるものを、おぼろげながら映しているんですね。

私なりには、"うつ"のようなものを感じました。同じうつでも
色々なタイプがあるみたいです。または強迫観念のようなものも
感じました。うまく言えませんが、自分で"負の自分"をねじ伏せて
いるような…。それでいて、心の拠り所を追い求めるような…。
名言とされた言葉も、必ずしも万人に通用するとは限らないです。
人それぞれ千差万別ですし、適したやり方もまちまちだと思います。
乱暴な言い方ですが、人望のゆえ長期間にわたり理事長をやったら、
教祖的な存在になっていてもおかしくないと思いました。

どうしてかというと、誰でもそうですが、同じ場所で長ーーーく
やっていると、自然と「我が家」のような感覚になって行きます。
その場所を私物化するようになります。それも無意識の内に…。
そして、ブラック化やカルト化する事があるのは周知の事です。
なので、自分も間違えるから気をつけよう。が肝心だと思いました。
私自身も、このブログを私物化しないように…と今思いました。
小さな個人ブログではあるけれども、私だけの物ではないので…。

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「未だ木鶏足りえず」について思った事

紅紫檀の写真

写真…ベニシタン(紅紫檀)
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双葉山が、70連勝出来なくて、「イマダモッケイタリエズ」と
電報を打った事は有名な話ですが、ふと思いました。当事者では
ない事と格闘技とは無縁な私なので、何とも言えないけれども、
双葉山の立場だったら…(時代も環境も地位も立場も違いますが、
人間としては同じであるので…)どういう心境だったのかなと
いろいろ思いめぐらしていました。お許しください。

今度こそは70連勝だ!という心の奢りがあったのか、無心で
取り組むはずだったのが、煩悩が顔を出して来たのか、あるいは
70連勝出来ずに悔しい気持ちがこみ上げて来たり動揺したのか。
自分を負かした相手への複雑な感情等々…心の動きがあると
思います。それも、生身の人間であるゆえ味わうものばかりです。

もしかして、双葉山は、そのような心の動きを敏感に感じ取って
いたのではないでしょうか。例えば、心を鍛錬する修行といえば、
何よりも、自分自身の裸の姿と向き合わされる…。嫌でも、
様々な「あら」が見えて来る。そんな自分を厳しく鍛錬して
いくのですが、本当の意味での強さが、本物の強さが、
なかなか身につかないというもどかしさを思い浮かべます。

以前に、私も似たような事をしていました。どうすれば、心の
淀みがなく清くなれるのだろうか…と。あれこれ試してみても
努力しても鍛錬しても磨いても、一時的に心が清くなっても、
心の淀みは消えてくれませんでした。その事で思い悩んでいた
時期がありました。イライラする事が増えたり…。

その事もあって、大横綱と呼ばれて敬愛されている双葉山に
対しては、なんていうか、偉大な人という感じがしなくて、
ごく普通の悩める一人の人間…という身近さを覚えます。
無礼者だとお怒りを受けると思いますが、率直な感想です。

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