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認める時に苦痛が伴うけれども…

南天の写真

写真…南天の花のつぼみ
240×320サイズ

自己実現欲について(6月13日)の続きです。

個人的に感じている事です。

「カルト的な思想から完全に脱した」とは思わない方が、
かえって吹っ切れて、心も軽くなって、自制する心が
働くみたいです。念のため、カルト的な思想そのものは
肯定しない。ただし、その思想が、少なからず自分の中に
残っている事を認める。
言い換えるなら、クリスチャンの視点ならば、罪そのものは
肯定しないが、全ての人間には罪の性質がある事を認める。
「認める事」と「肯定する事」は別である。そういう意味です。

原点となったのは、創世記8章20節~22節です。
関連記事…神の激しい怒りが強調されるけれども(2016年12月4日)

ついつい、「自分はもう脱したのだ」「もう卒業したのだ」と
思いがち…。本当は、そうであった方が気持ちがいいし、
プライドも傷つかないし、友人も失わないし、冷たい視線を
浴びなくて済む等々…。でも、それはためにならないんですね。

それを認める直前までは、本当に…言葉では説明出来ないような
どうしようもない精神的な苦痛(人によっては激痛だったり…)が
伴っていて…愉快でもないし、楽しい事でもないし、嫌です。

でも、いったん認めると、特に人に対する攻撃についても、
自分がどんな時に攻撃的になるのか。そのパターンを知るように
なるので、二次被害を防いだり、万が一攻撃行為を起こしても
ブレーキがかかり、被害を軽減させる事にもつながるんですね。
他者だけでなく、自分を粗末に扱わずに、大切に扱うように
するためでもあります。自分を大切にしないと、人に対しても、
ますます攻撃的になってしまうので…。

自己実現欲について

自己実現に固執した過去(6月12日)の続きです。
とても重要な事なので、記しておきます。

10年ぐらい前の、あるクリスチャンの話ですが、
カルト的な教会や牧師の下にいた信徒たちが脱会(または解散)
していても、いまだに、教会や牧師にそっくりな思想を持ち、
同じ言動を繰り返している。それも無意識に。という内容でした。
それが、現実の姿をこの目で見て、実感しました。時代を問わず、
脱会して自分が気づいたからといって、正しくなった訳ではない。
健全になった訳ではない。気づいたつもりが気づいていない。

そういう意味で、一度カルト的な教会に身を置いた事があるならば、
何かの拍子で、再び、人を攻撃する可能性がある事を認識するのが
求められているのではないかと、最近、感じています。
個人的には、同じクリスチャンを愛する人と、憎む人の心の状態を
思い浮かべます。(ヨハネの手紙Ⅰ全体) 同じ批判でも、
クリスチャンを愛して励まそうとするものは、自然と伝わり、
力づけられますが、反対に憎む時も伝わって来て、悲しみが
もたらされます。深刻な被害を与える可能性もあります。

自己実現欲の怖い所は、まず、神さまご自身が生み出すのではなく
私たち人間が生み出すものなので、必ず、歪みが生じます。
その歪みがあっても、自分が目指している理想だと見なす事です。

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自己実現に固執した過去

自己実現欲の怖さを、この目で見て体験している一人として、
自己実現については「取り扱い注意」の一つになっています。
文章を作るのは時間がかかるので、メモとして記します。

※個人的には、今は、自己実現には興味がなくて、
ただイエス様が好きなんです。今は、聖霊の御力に圧倒されて
います。本当に、人知をはるかに超えていて…人をつくり
変える力がおありです。誰でもキリストを求めれば与えられると。

クリスチャン…といっても、全世界では20億人もいて
一人一人がどのように神さまと関わっているのかは
神さまがご存じなので、私たち人間が推し量る事は無理。
自分の事さえも。だから聖霊を与えてくださったんだ…と。

身を置いていた教会(ここに記す事…ごめんなさい。
どうしても実例として記す必要があるので、お許し下さい。
聖書では先人たちのしくじりが色々書かれていて教訓として…)
当時、優先順位&目標達成&自己実現ブームがあった。
その言動は排他的。利己的。独善的。良心の欠落。
良い実を結ぶ事はなかった。こんなもの要らないと思った。

イエスの弟子たちは、イエスがユダヤの王になり、
ユダヤが世界を君臨するだけでなく、自分自身も
地位ある人物になるという自己実現欲で動いていた。
イエスは辛抱強く弟子たちを教育していたが、
イエスが捕らわれると、弟子たちは逃げ出す。
しかし、聖霊を受けて、初めて神の御心を悟る。
(福音書&使徒の働き)

通訳のこと

さつきの写真

写真…サツキの写真
240×320サイズ

映画の邦題が、内容とはかけ離れていると批判されて
変更したニュースを見て、あの刑事コロンボシリーズの
各々の題名が気になって調べてみたら、あららら…。
原題と邦題があまりにも違いすぎる。ガーン!
ちょっと待って。原題そのものを無視するって…。
うーん。どうしてなんだろう。本当に…。
ただ、言葉のセンスというか、言葉の美しさというか
邦題の方がしっくりしたり、響きがいいと感じるものも…。

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そんな時、ふと通訳の事を思い出しました。

読唇(=どくしん。口の形を見て話の内容を読み取る事)の能力は、
個人差があって、中には信じられないような…驚異的な読唇力を
持つ人もいます。私の場合は、どちらかというと、あまり
得意ではなく、確かに口の形を読み取る事は出来るけれども、
疲れてしまう時があって、ついつい、相手の口元を読まずに、
メモ帳に書かれる文字ばかり追ってしまいがち…。

もうずっと前の話ですが、あるきっかけで、意識して相手の
口元を見るようになりました。それは音声通訳でした。
私は話す事は出来ますが、声を正確に聞き取る事が出来ないので
発音が不明瞭で、人によっては聞き取りにくい(※)ため、
確実に伝達するには、話す側の話を理解出来て、正常な聴力が
あって、明瞭な発声ができる人による「音声通訳」が必要になります。 (筆談を希望していたが、合理的な音声通訳になった。)

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継続してやれるもの

ルーの写真

写真…ルー(ヘンルーダ)
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私事ながら、周囲からは、絵を描く仕事をするのはどうかと
勧められた一人ですが、実際は不向きでした。もし、絵を
扱う仕事だったら、色々な絵描きさんの作品や使っている
画材やアトリエといったものを、広報という媒体を活用して
紹介したり、商品として売るにはどのようなアプローチが
いいのかを考えたり、作品をモチーフにした生活用品などを
考える…といった類の仕事を選んでいたと思います。

(一歩違えると、変なものになって、絵が持つブランド性が
壊れるので、取り扱い方次第のようです。例えば、紙に
描かれた絵がいくら素晴らしくても、グッズ化させると
イメージや雰囲気などがガラリと変わってしまう等々。)

少し話が飛びますが、商品のブランド性を壊す悪意のデザインと、
生かす良心的なデザインがあるので、ある意味では怖いです。
・関連記事…Mind Control・Marketing(2015年08月18日)

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