エントリー

とある救助隊員の顔が映った映像を見て

どうしても気になった事があって記します。
人によって視点や見え方や受け取り方がまちまちなので、
個人的に感じた事として…。
ある救助隊員の表情が硬くなっているように見えました。

緊迫した状況で救助活動に対する緊張やプレッシャーというよりも、
もっと違う何かを訴えているような印象を受けました。
その映像の様子を詳しく書こうと思いましたが、何となく…
あんまり細かく書かない方がいいような気がしました。
もし書いてしまうと、反対に大変な事になってしまうから…。

でも一つだけ書くとしたら、この間報道されていた、明るみに出た
教師による教師いじめと生徒いじめです。それもきわめて悪質で…
そういった類のものを感じました。私自身も、教師や教会関係者
(いずれも個人)によるハラスメントを受けた事がある一人ですが、
あの表情を見て、当時の事を思い出しました。

そういったものが救助活動に影響を与えてしまう事も
あり得ると思いました。

------------

上記とはまた別に、性的被害を受けたと主張する人の中には、

「本当の意味で被害を受けた人」と、

「自分から仕掛けて被害を受けるようにした人」がいます。

両者間では態度も言動も表情も何もかもかなり違っていても、
男性であればあるほど、しかも女性を大切にしたい。
または罪意識が強い人ほど、騙されやすくなると思います。
反対に、被害を受けた事がある女性は怒りと同情心などに
駆られて感傷的になりやすい傾向があります。

うまく書けないけれども…なんていうか、『これを書いたら
○○ハラ!差別だ!人権侵害だ!』と過剰反応する時世なので、
それらで物事の本質が見えなくなりやすくなるというか…。

小さな突風で飛ばされる

久しぶりに書きます。ご心配をおかけしてしまいました。

個人的に真剣に考えている事があって半分徹夜でずーっとずーっと
考えている日も度々あったり…。ああ真剣になっているんだなあと
自分でも感じます。わざわざ考えなくても自然と考えるから。
なんていうか…お互いに精神的には良いものになっているけれども、
ただ、人によってはそれが良いものなのか…?と思ってしまう事も。
ですが、これは決まりだからとかあれはご法度だからと、それに
囚われると肝心のものがないがしろにされてしまいます。下手すると
心が死ぬのかも知れない。本当に…決まりとかルールだけでは
どうにもならない…と実感しています。

それに加えて、プログラミングの世界でも、良心と倫理などが
問われるものが沢山あると気づきました。(私はプログラマーを
目指している訳ではなく、強い眠気に襲われるので不向きです。
しかも計算や数式を知らないと書けないものも…汗。でも大いに
収穫があります。色々な道具や機械が機能するためのプログラムが
沢山作られていたり…本当に…日常生活を支えているんですね。)

突風の話になりますが、

たまに…ですが、こちらでも、小さな突風が来ていて侮れないです。
台風の日でもなくて…風がそれほど強い訳ではないのに、突然来る
感じでやって来ます。ごくたまに…なので、忘れた頃に来ます…。
ホウキとちり取りを外に置いていた時に飛ばされて、バーン!と
戸のガラス面にぶつかりました。フックにかけていたのが飛ばされて
最初はだれかが投げつけたかと思った程です。大量の砂埃や小さな
ゴミや落ち葉と一緒に落ちていました。人がいなかったので怪我とか
当たらなくて良かったです…。

タイトルと内容が一致していなくてごめんなさい…。
久しぶりに書くと何だかうまく書けないですね…。学校で言葉を
覚える為に毎日日記を書けと言われた理由が分かりました。

補足です

ニラの花の写真

写真…ニラの花 240×320サイズ

過去にあったクリスチャンに対する嫌悪感(8月23日)で記した、

>聖書を否定する限り理解不能なのは当然で…否定すると自動的に
>理解が不可能になり、受け入れると理解可能になるメカニズムは
>嘘ではなかったと体感しました。

「受け入れると」という言葉が、今日になって、「違うのでは?」と
感じて考えていたら「受容力」が浮かびました。そういう意味なら
全然意味が違うのではないか。そういうものではない。何だろう…?
適切な言葉とは…? 言葉を探していましたが、なかなか浮かばず…。

それとは別に、説明が足りない所があったので、補足します。

ノンクリスチャン時代に知り合った友人でもあるクリスチャンは、
私が身を置いた教会との接点はなく、所属する教会も別々です。
つまり、私の場合は、身を置いた教会での様々な出来事によって、
クリスチャンを毛嫌いするようになった一人です。今はその感情は
消えています。教会や信仰問題の考察作業がきっかけでした。
考察作業中は、憎しみが生じたり消えたりの繰り返しで苦闘して、
もう終わりにして良いというタイミングが来た時、気がついたら、
クリスチャンへの憎しみの感情が消えていました。そもそもは、
情報提供が目的だったので、自分でも思いがけなかったです。

続きを読む

過去にあったクリスチャンに対する嫌悪感

朝顔の写真

写真…朝顔 240×320サイズ

感じたことをメモ帳に書く感覚で書きました。

今は、クリスチャンに対する嫌悪感はすっかり消えているけど、
嫌悪感を抱いていた事は認めている。率直に言うと「むかつく」。
「証し」「聖書研究」「賛美」「祈り」「交わり」といった言葉を
聞いただけで苛立った。しゃくにさわるので、クリスチャン関連の
ものは一切見聞きしないようにメディアも含めて遮断していた。

ところが、クリスチャンを憎むクリスチャンを嫌っていた。
憎んでどうするの? 本当の愛を持っている人は、嫌いな人を
小馬鹿にするような事はしないのよ。って。
それが私の自己矛盾で、似たような人を見ると苦しくて悲しくなる。

------------------

上記の話とは別に、個人的に実感しているのが、クリスチャン同士で
なければ分かち合えないものがある現実は、認めざるを得ないと
いう事でした。言葉にするのがすごく難しいですが、教義や聖書観や
神観や知識や教派とか、または話が合う価値観が同じとかではなく、
もっともっと深い部分です。

続きを読む

クリスチャンを騙す人心掌握テクニックとか…

ブルーサルビアの花

写真…ブルーサルビア
240×320サイズ

知識や見聞で「そういう事があるらしい…」と知っていても、
単に知る事と味わう事は全く違うんですね。違う事は周知の事で
あるけれども、「味わうと違う」という言葉だけでは足りないって
感じです。適切な言葉がなかなか見つからないです。本当に…。

ドラマや映画がお好きな方ならお分かりだと思いますが、
言葉が悪いですが、映画の中の俳優さんを見て好きになって、
素顔の俳優さんを見て「えっ…???」って…。(ごめんなさい) 
人格が全く違うから。あまりにも違い過ぎる…。あくまでも
演技なんだから。演じるプロだもの。それは分かるけど、
何だかな…って気持ちになってしまったものです。あの時…。

色々な演じ方があるそうですが、うまく表現できませんが、
憑依するような演技ときちんと演じる演技とでは違っていて…
疲れている時は後者を好みます。演技だと分かっていても
物語を楽しめる演技があると分かってから…でした。

一時期、夢中になっていたアクターズ・スタジオ・インタビューが
縁でアクターズ・スタジオを知り、「メソッド演技法」を知りました。

続きを読む

ページ移動

ユーティリティ

検索する

キーワード検索フォーム
キーワード