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神の御声について

トキワハゼの写真

写真…トキワハゼ(常盤黄櫨)の花
240×320サイズ

神の御声を聞く自体は、一般日本人の感覚では、「神託」という
特別なものに映るんですよね。私も以前はそう思っていました。
申し訳ないながら、神の声を聞いたというクリスチャンには、
大笑いしたものです…。(ごめんなさい)。神通力とか特別な力を
持った人でなければ、難しいとばかり信じていたので…。

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私自身、初めて御声を聞いたのは、教会や信仰の事で悩んで、
自分の部屋の床に、腰をおろして、足を伸ばしていた時でした。
どうしたらいいだろう…と。多分、言葉にならない、滅茶苦茶な
祈りだったのかもしれません。心の叫びを聞いて下さい!!みたいな。

その時でした。はっきり御声を聞きました。それを聞いた時の
最初の答えは「はあ…?」でした。行きたくなかった所に行けと。
結局、しぶしぶ行きました。とても辛いもので、何のために、
私を行かせたのか。神さまって意地悪だと思ったものです。

でも、終えて帰った時は、心境が変化して、思わず、神さまに
応答したのでした。今、こうして思い出してみると、あの出来事は、
絶望の中で、初めて生まれた神さまとのやり取りでありました。
御声を聞いたというクリスチャンの心境も理解出来ました…。

何が幸いするか…フラッシュバックが知らせてくれた記憶の
断片を辿っている内に、見つけたひとつです。それだけでなく、
今度は、カルト化問題の考察にもつながるようになります。

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