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『教会が語る神』

むくげの写真

写真…むくげの葉っぱ
240×320サイズ

聖書が道しるべに(5月9日)の追記です。

「教会が語る神」と「聖霊が証しするキリストの神」の違い。
具体的にどのように違っていたのか…。ここでは実体験を
元にして記した内容ですが、共通する部分だと思います。

聖書の言葉を引用する時、聖書全体を捉えた視点ではなく
人のちょっとした落ち度や欠点を捕まえて、
「聖書にこう書いてある」「神がこう命じている」と責めます。
しかも、前後の文脈に沿ってではなく、聖句を切り取る
引用になっているので、言われた側は、断罪される=
神に断罪されるような心境になります。それを何度も
何度も繰り返されると、今度は、神に対する恐怖感と、
自分の落ち度が、イエスキリストの十字架による贖いを
台無しにしているという自責感が増して行きます。

その為に、モラハラなどを受ければ、当然、壊れやすく
なる土台になっていました。本当だったら、聖書の言葉が
力を与えるはずが、逆に、"教会が語る神"という視点で
聖書を読んでいた為に、聖書を読めば読むほど、ますます
精神的に不安定になり、悪化していったのでした。

そして、教会がやっていた事は、イエスキリストの福音とは
違うと知って、"教会が語る神"に聞き従うのを止めました。
聖書をしっかり読めば大丈夫。ではなく、イエスキリストを
土台にして聖霊によって聖書が語るのを理解していく形です。

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