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クリスチャンを騙す人心掌握テクニックとか…

ブルーサルビアの花

写真…ブルーサルビア
240×320サイズ

知識や見聞で「そういう事があるらしい…」と知っていても、
単に知る事と味わう事は全く違うんですね。違う事は周知の事で
あるけれども、「味わうと違う」という言葉だけでは足りないって
感じです。適切な言葉がなかなか見つからないです。本当に…。

ドラマや映画がお好きな方ならお分かりだと思いますが、
言葉が悪いですが、映画の中の俳優さんを見て好きになって、
素顔の俳優さんを見て「えっ…???」って…。(ごめんなさい) 
人格が全く違うから。あまりにも違い過ぎる…。あくまでも
演技なんだから。演じるプロだもの。それは分かるけど、
何だかな…って気持ちになってしまったものです。あの時…。

色々な演じ方があるそうですが、うまく表現できませんが、
憑依するような演技ときちんと演じる演技とでは違っていて…
疲れている時は後者を好みます。演技だと分かっていても
物語を楽しめる演技があると分かってから…でした。

一時期、夢中になっていたアクターズ・スタジオ・インタビューが
縁でアクターズ・スタジオを知り、「メソッド演技法」を知りました。

悪い聖職者等による「感動する証し」「涙ながらの謝罪」
「心を揺さぶる渾身の祈り」等々…クリスチャンを落とす人心掌握
テクの話を聞くたびに、メソッド演技法を思い出します。

別人格になりきるので、本物に見える(聖霊に満たされている)
証しを聞き、聖霊の働きによる霊的なもので神の御臨在が…!と
錯覚する事も…。あれ?と違和感を抱いても、自分が不信仰だと
疑問を打ち消して、神がお立てになった働き人に従わなければ
ならない。批判する=悪口(あっこう)。クリスチャン的に
良くない。神を悲しませるという多重フィルターがかかったり…。
確かに「よくある話」ですが、「よくある話」という言葉も
言い逃れや誤魔化しや責任逃れの道具に使われたり…。
(メソッド演技法の否定ではなく、悪用されるという意味です)

私も、素晴らしい証しをしていながら恫喝したりハラスメントを
平然とする人と接していた一人ですが、こちらの場合は金銭が絡む
ものではなく、信仰が絡むもの(不信仰とか神の恵みを受ける事が
出来なくなるとかといったもの)と、私の落ち度と欠点を執拗に
指摘して来る。大好きなイエス様を侮辱する。人格が変わったような
証しで感動させる。こうして、精神的に弱らせて支配されました。
いわゆる反キリストでした。善良な羊の毛皮をかぶった狡猾な狼で
(本物の狼さんには気の毒ですが)、まさに聖書が忠告している事が
現実の出来事となって起きたものでした。

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